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東京高等裁判所 昭和40年(行コ)42号 判決

控訴人

株式会社東京技術研究所

右代表者

鳥巣享吉

被控訴人

特許庁長官

斎藤英雄

右指定代理人

山内喜明

外三名

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

(一)  本件訴のうち、実用新案権の設定を登録を求める部分、実用新案権の設定の登録をすべき義務の確認を求める部分及び実用新案権の設定の登録をしないことが違法であることの確認を求める部分は、いずれも、却下する。

(二)  被控訴人が、控訴人に対し、昭和三十七年十二月十二日、原判決別紙目録記載の考案についてした実用新案権登録料納付書の不受理処分は、無効であることを確認する。

二  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

控訴人は、「原判決を取り消す。一(一)被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙目録記載の考案について、実用新案権の設定の登録をせよ。(二)訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、一の(一)の請求が認められないときは、順次、予備的に、「二 被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙目録記載の考案について、実用新案権の設定の登録をすべき義務のあることを確認する。」、「三 被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙目録記載の考案について、実用新案権の設定の登録をしないことは違法であることを確認する。」、「四 被控訴人が、控訴人に対し、昭和三十七年十二月十二日、原判決別紙目録記載の考案についてした実用新案権登録料納付書の不受理処分は無効であることを確認する。」旨の判決を求め、当審において、新たに第五次請求として、「五 被控訴人が、控訴人に対し、昭和三十七年十二月十二日、原判決別紙目録記載の考案についてした実用新案権登録料納付書の不受理処分は、取り消す。」旨の判決を求め、被控訴人指定代理人は、「本件控訴は、棄却する。控訴費用は、控訴人の負担とする。」との判決を求め、控訴人の新訴に対し、「控訴人の第五次請求は、棄却する。」との判決を求めた。

第二  当事者の主張及び証拠関係

〈前略〉

一  控訴人の主張

控訴人は、本件不受理処分の謄本を受領したが、行政不服審査法に基づく異議申立ができる旨の教示に従い、昭和三十八年二月十三日、被控訴人に対し異議の申立をしたが、何らの応答がないので本件訴訟を提起した。本件不受理処分が当然無効でないとすれば、その取消を求める。後記被控訴人の二の(一)の主張は争う。

二  被控訴人の主張

(一) 原判決事実摘示の被告の答弁等の四つのうち(一)及び(二)以外の部分及び五を次のように改める。

(1) 本件登録査定は、そのかしが重大かつ明白であるから、無効である。本件返戻通知、本件不受理処分及び本件拒絶査定は、いずれも、右無効を確認する趣旨をもあらわしており、控訴人の本件出願はまだ登録されるべき状態に立ち至つていないから、このような状態にあることを前提とする本訴請求は、いずれも失当である。

(2) 本件登録査定のかしが取消事由に当たるにすぎないとしても、本件登録査定は、本件返戻通知により、控訴人に対してその効力を失つたと解すべきである。被控訴人の控訴人に対する本件登録査定の謄本の送達は、査定が出願人に対して効力を生ずるための要件であるから、一種の行政処分というべきところ、送達が有効にされるためには、査定自体が適法であることを要し、査定が不適法なものであれば、送達は査定の違法性を承継し、かしのある不適法なものとなるのであるから、査定の謄本の送達後、登録前に査定のかしが発見されたときは、送達は取り消されなければならない。また、元来、実用新案権を出願人に付与するのは、旧実用新案法(大正十年法律第九十七号をいう。以下同じ。)第二十一条(編注、現行一〇条と同旨)の規定から明らかなとおり、本来、被控訴人の権限に属し、ただ、職制上出願人に対する査定の権限を審査官に与えているにすぎないから、査定自体にかしがあれば、謄本送達後でも被控訴人は積極的に送達の効果を失わしめることができるものというべきである。本件返戻通知からは、「さきにした登録査定謄本の送達は、誤つたものであるから取り消す。」との趣旨は十分に知りうるから、前記の諸点からみて、本件返戻通知により本件登録査定の謄本の控訴人に対する送達という処分は取り消され、その効果は遡及的に消滅し、本件登録査定は、審査官による取消がなくても、控訴人に対して効力を生じなかつたものということができる(誤送返戻通知に応じて謄本が現実に返戻されなくても、通知により送達が取り消されたことにかわりはない。)。したがつて、本件出願は、登録すべき状態にはない。

(3) 仮に、本件返戻通知により、本件登録査定の効力に消長がないとしても、後にされた本件拒絶査定により、これと牴触する前の本件登録査定は取り消されたものというべきである。すなわち、被控訴人が本件返戻通知を発して後新たに本件拒絶査定の謄本を送達し、前の査定と牴触する後の査定がされたことにより、その牴触するかぎりにおいて、前の査定は取り消されたものと解されるのである。したがつて、本件出願は登録されるべき状態にはない。

(二) 前記控訴人の主張事実中、本件不受理処分の教示、所定期間内の異議申立があつたこと、異議申立に対して何ら応答がないことはいずれも認めるが、その余は争う。

三  証拠関係〈略〉

理由

一控訴人の第一次ないし第三次請求について

当裁判所は、控訴人の第一次ないし第三次請求は不適法として却下すべきものと判断するが、その理由は、この点に関する原判決の理由と同一であるから、原判決の理由の第一をここに引用する。

二控訴人の第四次請求について

(一)  本件実用新案登録の出願について、控訴人主張の経過により、出願公告の決定及び出願公告がされ、審査官岡田喜久治が右出願について本件登録査定をし、被控訴人が控訴人にその謄本を送達し、控訴人が第一年から第三年までの登録料を納付し、被控訴人がこれを受領したこと、並びに被控訴人が、昭和三十七年十二月七日付で、控訴人にあてて本件登録査定の謄本は誤送につき返戻されたい旨の本件返戻通知を発し、その頃控訴人に到達したこと、被控訴人が控訴人に対し、同月十四日付をもつて、本件出願は審査中であるから、右登録料の納付書は受理しない旨通知するとともに納付書を返送し、その頃、いずれも控訴人に到達したこと及び日本電信電話公社が登録異議の申立をしたことは、いずれも、当事者間に争いがない。

(二)  まず、日本電信電話公社がした前記登録異議の申立が適法なものかどうかの点について審按するに、〈証拠〉を総合すれば、日本電信電話公社においては、昭和三十七年十月六日、本件出願に対する登録異議申立書の差出について決裁案を作成し、同月八日までに所定の決裁を経たうえ、同日、右登録異議申立書を特許庁受附に提出して受理され、その際、電気通信研究所名議の特許出願送付簿に右受附の受領印の押捺を受けたとこが認められる。もつとも、本件出願について、昭和三十七年十一月十六日、本件登録査定があり、その謄本が原告に送達され、同年十二月六日控訴人が登録料を納付した際一たん受領されていることは当事者間に争いがなく、また、原本の存在及びその成立に争いのない甲第六号証(実用新案出願整理簿写)には、本件出願に関する部分に、「三七、一二、一〇異議」の文字が記入されているが、これらの事実及び証拠を前認定に供した証拠と対比して総合勘案すれば、日本電信電話公社の登録異議申立書は、昭和三十七年十月八日、特許庁に受け付けられたが、何らかの事情により担当審査官に送付されないまま、担当審査官は本件登録査定をし、その謄本が原告に送達されたものであり、実用新案出願整理簿に記載された前記文字は真実の受附日付をあらわすものではないとみるを相当とするから、前記の事実及び証拠からただちに前認定を覆すことはできず、他に前認定を左右するに足りる適確な証拠はない。したがつて、本件出願に対する日本電信電話公社の登録異議の申立は昭和三十七年十月八日にされたものであるところ、本件出願公告が昭和三十七年八月九日にされたことは当事者間に争いがないから、右登録異議の申立は、実用新案法施行法第二十一条第一項により、本件出願公告及び登録異議申立に関して適用されるべき旧実用新案法第二十六条及び旧特許法(大正十年法律第九十六号をいう。以下同じ。)第七十四条第一項(編注、現行実用新案法一三条、同特許法五五条一項と同旨)所定の登録異議申立期間内にされた適法なものというべきである。

(三)  叙上確定した事実によると、本件登録査定は、適法な登録異議の申立があつたにかかわらず、これについて決定することなくしてされたもので、異議決定と同時にされたものでない点において、本件に適用されるべき旧実用新案法第二十六条及び旧特許法第七十五条第二項(編注、現行六〇条と同旨)の規定に違反する処分であることは明らかである。そこで、右かしについて考えるに、旧実用新案法第二十一条、第二十六条、旧特許法第七十五条その他審査及び登録無効等に関する旧実用新案法並びにその準用する旧特許法の規定に徴すれば、登録異議の決定に対しては不服申立は許されず、右決定に不服のある異議申立人は、登録された後(登録査定を争うことはできない。)、あらためて、その登録無効の審判を請求することによつて争うべきものであり、また、特許庁における審査手続及び抗告審判手続が、職権主義を建前とし、審査官又は審判官は、出願に対し、登録異議の申立の有無にかかわらず、所定のすべての点から拒絶の理由があるかどうかを審査して査定すべき職務権限を有するものであり、このような審査(又は抗告審判)を経て、登録査定がされた場合において、なお拒絶理由に該当する事由があるときには、利害関係人は、審判を請求して登録の無効を求めることができる定めとなつており(なお、旧実用新案法第二十二条第二項の規定によれば、審査官もまた同条第一項第一号所定の無効審判を請求することができる。)、右の諸点からすれば、登録異議の制度は審査官の査定の適正化のためのものと解すべく、更に、本件登録査定謄本送達後の手続について適用される実用新案法第十四条の規定に徴すれば、実用新案権は登録によりはじめて発生し、登録査定があつたというだけでは、右権利は発生するものではないが、登録査定謄本の送達を受けた出願人は、他に特段の事由がないかぎり、同法第三十一条及び第三十二条の規定により、登録査定謄本の送達があつた日から所定の期間内に第一年から第三年までの各年分の登録料を一時に納付すれば、登録を受け、実用新案権を取得しうるという強い期待を有するに至るものというべく、以上の諸点を総合勘案すれば、本件登録査定における旧実用新案法第二十六条及び旧特許法第七十五条第二項の規定に違反する前記かしは、本件登録査定を無効ならしめるものではないのみならず、その謄本を送達した後においては、右かしを理由として本件登録査定を取り消すこともできないものと解するのが相当である。このことは、審査官又は被控訴人において、登録異議の申立にかかる事由が本件出願を拒絶すべき理由に当たると判断することができるものであつたとしても、また、査定に対する不服申立期間内であつたとしても、同様に解すべきものである。

(四)  被控訴人は、本件返戻通知又は本件拒絶査定により、本件登録査定は効力を失い、又は取り消された旨主張する。しかしながら、前説示のとおり、本件登録査定は、その謄本が送達された後においては、前認定のかしを理由として、これを取り消すことはできないのであるから、その取消処分があつたとしても、その処分は無効というべきである。(なお、附言するに、査定の謄本の送達等に関する旧実用新案法の関係規定に徴すれば、査定謄本の送達には所定の効果が付与されているが、送達自体は査定処分を出願人に告知する行為にすぎないから、謄本の返戻を求めたからといつて、送達の事実及びその効果が消滅するいわれはない。また、成立に争いのない甲第三号証及び乙第四号証によれば、本件返戻通知及び本件拒絶査定には、本件登録査定を取り消す旨明示されていないし、登録査定後においては、審査官は拒絶査定をなし、又は登録査定を取り消しうる権限を有しないから、本件返戻通知又は本件拒絶査定をもつて、本件登録査定の取消処分があつたものとすることはできない。なお、控訴人が、日本電信電話公社の登録異議申立に対し答弁書を提出したことは、控訴人の自認するところ、右答弁書の提出により、控訴人が本件登録査定の取消に異議がなく同意したものとみられるとしても、これにより本件登録査定の取消が有効となる筋合のものでないことは、多言を要しないところというべきである。)。

(五) 叙上説示のとおりであるから、本件登録査定は依然有効に存在するものというべく、したがつて、控訴人の本件登録料の納付手続に対し、本件出願がまだ審査中であることを理由にこれを受理しないとした本件不受理処分は、他にこれを受理すべからざる特段の事由について何ら主張、立証のない本件におては、違法であり、そのかしは重大かつ明白というに値するから、当然無効というべきである。したがつて、本件不受理処分の無効確認を求める控訴人の第四次請求は、理由がある。

三よつて、これと異なる原判決を変更し、控訴人の第四次請求を認容し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条並びに民事訴訟法第九十六条及び第九十二条但書の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(中川哲男 武居二郎 秋吉稔弘)

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